2006/12/03

ブログ・アドレス変更します

今まで使ってきたココログですが、管理があまりに煩雑なので、別サーバーへ移行します。
もしRSSリーダー等に登録してる方がいましたら、変更をお願いいたします。

噂のWEB2.0系ブログ「VOX」にのりかえましたが、何より写真の管理が楽。
新たなブログで、改めてよろしくお願いいたします。

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2006/11/29

[Tokyo Foto View] Koenji

Tokyokoenji105

日本のベルガモ、高円寺。
休みの日にぶらっと歩いてみたい店がいっぱい。

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2006/11/28

Construction

Tokyokasai565

駅前の建設工事。壊しては作り直される巨大な街、東京。

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2006/11/27

Winter

Tokyokasai570

寒い冬。春の息吹に向けて忍耐の季節。演歌と日本海の似合う季節。
しかし、そんな冬の哀愁は、日本独特ではないだろうか。
私は夏より冬が好きである。

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2006/11/16

[プチ読み物] ミラノの休日

朝7時、春先とはいえミラノの朝は真っ暗。
さすがに真っ暗の朝にも慣れたが、このスイスに近い北イタリアの朝の寒さには毎朝うんざりする。
食費を1週間10ユーロでおさえるような貧乏学生の私にとって暖房代は大きな出費。この冬はよく朝を暖房なしで過ごしたと自分でも驚く。いつものように布団をかぶりながら朝ごはんを作る。まさに、かたつむり。

ミラノの郊外、住所はなんとかミラノという我が家。テレビはない。インターネットもない。朝ごはんは近所のメルカートで買ったボロいラジオを聴きながら…紅茶のCMで見るような輝かしいイタリアの生活はミラノではどこにもない。

朝8時。ようやく日の出。今日は休日。
たまった買い物リストを見ながら、中心街に行くか…とスケジュール決定。

クラブやバーが賑わう週末とは打って変わってミラノの休日の朝は誰もいない。
幹線道路沿いの道を歩きながら、はく息のの白さがいつも以上に目立つ。。

最寄の駅は地下鉄の終点駅。休日の朝のホームに純粋なイタリア人はほぼいない。
ヨーロッパの都会はどこもそうだが、郊外はある種、移民居住区。移民にはワケアリの人も多い。アフリカからボートでヨーロッパに渡った黒人の人や、最近ではアラブの人も多い、隣の駅はロマ(ジプシー)の地区。うちの大家は未だに私を中国人と思っている。

ミラノに住み始めたときは地下鉄の中が別世界のように思えたが、慣れてくると日本の電車と変わらない。そして乗っている人の顔も。どこか沈んだ顔が多いのは大都会のせいか…たまに地下鉄で見るロマたちの演奏が、そんな空気を明るくしているような気がする。

地下鉄に乗って20分。中心街の大聖堂広場に到着。
ミラノの象徴の大聖堂。多くの観光客が朝から集まる。何十回と大聖堂を見ている私には、そんな観光客を含めての”いつもの風景”。
中心街は嫌いだ。観光客だらけで人だらけ。しかし、大きな本屋&CD屋数軒とZARAとH&Mが集まっている中心街は買い物のマスト・スポットである。
イタリアの本屋のいいところは、大きなソファーが各フロアにおいてあるところ。のんびりと本を読みながら買い物をしているうちに、いつの間にかお昼。

外に出てみると人の流れがおかしい。これは以前にも経験がある。まさか…と青ざめた顔で地下鉄の入り口へ走ると、案の定入り口が閉まっている。

そう、スト。

イタリアでは月1回ペースでストライキがある。短いものなら数時間長ければ数日、街の交通が完全にストップする。あらかじめストライキの日時は公表されるが、テレビなし・新聞は毎朝駅のタダ新聞という私の耳には入ってこないときも多い。

いつ終わるかわからないストにはお手上げ。イタリアに住むと誰もが改めて考え直される。世の中は自分ではどうしようもできない力で動いている…と。
じたばたしても仕方ないので、近所のCD屋に視聴に行く。

こんなついてない日には、思いがけないことも起きる。人生とはそんなものである。
CD屋をブラブラしていると、後ろからクイっとズボンを引っ張られる。
振り返ると後ろに小さな男の子。東洋人。珍しい。
「お兄ちゃん、日本人?」
男の子の口から日本語が。私が「そうだよ」と答えると、男の子はにっこり。
男の子の後ろから母親らしき日本人が駆け寄ってきた。どうやらミラノに住んでいる親子らしい。聞くと父親の仕事の都合でミラノに住み始めたそう。

英語圏でもないイタリア・ミラノに住む日本人はちょっとワケありが多い。日本の専門学校を辞めてパリの専門学校へ移って勉強し、今はミラノで小さな服屋のデザイナーをしている人・高校を卒業してすぐにオペラ歌手を目指して1人ドイツに渡り、そこからミラノに渡って声楽の勉強する同い年の女の子・海外で生まれて一度も日本の地を踏んだことのない日本人の子・イタリアで修行する日本人コックなんて現地じゃ珍しくない。

そういえば、同じ学校にいる日本人も変わった経歴…
鹿児島の某私立校→東京の美大というおもしろい学歴の兄ちゃんと、高校まで海外で育って、日本の大学→日本の某大手広告代理店というすごい経歴のお姉ちゃん…
考えてみれば私の経歴も変と言えば変。

ミラノの日本人はそんなそれぞれの人生を生きている。そして、みんな異国のなれない環境で必死に生きている。
一期一会とはいえ、同じミラノでがんばって生きている親子に会えたのは、ストのおかげ。

日本人親子と少しカフェで時間をつぶしていると、どうやら地下鉄が再開のよう。よかった。

私の家の近くにはスーパーがない。幸い、帰る途中の駅にミラノ最大級のスーパーがある。コープ。
コープは好きだ。モール内には中華料理のテイクアウトもある。高いけど。
イタリアに住んでよかったと思うことは少ないが、そのうち1つが食べ物。野菜も肉もパスタも食材はおいしい。私が作ったパスタでもおいしい。イタリアに住むと誰もが一度は考える。「料理人になろうかな」と。それは単に素材のおかげ…

1つだけコープでいやなところがある。広すぎる。端から端まで1kmはある。いろいろモノを買うと足が言うことをきかなくなる。

そんなこんなで結局夕方。休日なのに対して何もしていない…それがイタリアだ。
晩御飯はいつものようにパスタ。テレビがないのでやっぱりラジオ。

ミラノというかイタリアは観光にはよいが普通の人は住めない国。電車は普通に半日遅れる・全部時間が違う街の時計・最悪に非効率なシステム・そして毎日必ず起きるトラブル…

そんな国でも住んでいるとわかることがある。住んでみると日本と変わらない。
確かに海外には日本とは言葉も文化も違う。でも、憧れや偏見や、そんなものをとっぱらって生活すればわかる。世界の距離は自分が思っている以上にずっと近い。
映画「ブエノスアイレス」のあのセリフもわかるような気がする。
“会いたいとさえ思えば、いつでもどこでも会える”

 

今日も一日終わり。寝る前にトイレに行く。
…日本ではありえないことが1つあった。

 

トイレが見事に大洪水。

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2006/11/14

[プチ読み物] Musician's Musician

写真の公開は少し思うところがあり、どうしようか検討中です。
その間、読み物あたりでお付き合いくださいませ。


私は昔、大阪・心斎橋のとあるライブハウスでスタッフとして働いていた。
インディースのライブ…というと、ひょっとするとテレビや雑誌で見るような華やかな舞台を想像されるかもしれない。
しかし、私が働いていたのはZEPPでもQUATTROでもない小さなライヴハウス。私の記憶に残っているのは、聴きに来る客も少なく、それでも音楽に人生を賭け、懸命に演奏を続ける同世代のミュージシャンの卵たちの姿である。
1人の成功の裏に多くの影があるというが、本当の意味でのミュージシャンたちの姿を見れたのが、バイト先のライヴハウスであった。

私自身も高校時代にバンド活動をしていて、大学に入ってからも続けようと思っていた。しかし、私は結局その後どのバンドに加わることもなかった。
1つは、あまりに過酷なインディースの現実を自分の目で見ていたこと。もう1つは、あるバンドの音楽に出会ったこと。
今回の話は、そのバンド"The Band Apart"である。

日本の音楽・そしてインディース音楽は、これからどうなるのか?私がバイトをしていたときも酒の席などでよく周りから話を聞いていた。
少し前のモンパチをきっかけとしたインディース・ブームが来たものの、例えばアメリカの状況と比較してみれば、日本のインディース音楽はあまりにも規模が小さい。音楽ビジネスは盛んな日本の音楽シーンにおいて、そのクオリティを支えるインディース音楽については明るい将来の話はなかなか聞かれない。

しかし、そんな中でも日本・世界から様々な音楽を吸収し、質の高い音楽を作り続けるミュージシャンもいる。中には質の高い音楽を作りながらも知名度は高くない…というバンドも多い。だが、本当によい音楽は普段から多くの音楽に接している世界の人間であれば、その良さに気づくものである。そうして登場するのが、一般的な知名度はないが、その世界の人たちから高い評価を得ているミュージシャン "Musician's Musician" と呼ばれる人たちのである。

"The Band Apart"もそんなミュージシャンズ・ミュージシャンの1バンド。一般リスナーからではなく、音楽業界関係者やコアなリスナーからの評価を得て成長してきたバンドである。

私も今までいろんなバンドのいろんな音楽を聞いてきたが、彼らのバンドの音楽は明らかに他のロックと異なっていた。彼らのロックは生まれて初めて聞く「静」のロックだった。
ジャズやボサノヴァのサウンドも取り入れた彼ら独特の音楽センスは、間違いなく私がやりたい音楽だった。こんな素晴らしい音楽がすでにあるのなら、私が音楽をする必要はない…そう思い、私は以後人前で演奏することをやめた。

10月に新アルバムも出た"The Band Apart"。
興味のある方はまずはファースト・アルバムからぜひお聞きくださいませ。

 

って、宣伝オチかい!

 

P.S. まぁ興味のある人がいたらアルバムは貸します。
K.AND HIS BIKE

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2006/11/12

[Building of the 21st Century] EX-Yamamura House

Yamamura_house004

兵庫県芦屋市に建つ国の重要文化財、旧・山邑太左衛門邸(現・ヨドコウ迎賓館)。近代建築の偉大なる巨匠Frank Lloyd Wrightが設計した建築のうち、日本に完全な形で現存する唯一のものである。
館内が撮影禁止のため、写真は概観(一部)のみ。興味ある方はぜひ生でその雰囲気を感じてください。

直線的なラインや、玄関部分のシメントリーの要素などはその後受け継がれる近代建築の根本的な要素を感じる。
しかし、個人的な印象は、幾何学的な近代建築の要素以上に、ライト自身が目指した「有機建築」の部分であった。
建物自身は、日本には珍しく石を材料に使ったいたため、西洋の教会のような重厚感をかもし出すかと思ったが、実際の内装はそれ以上にある種の温かさを感じた。インテリアに木材を使っていたところだろうか…

また、照明や建具の飾りまでライトが細かく設計。個人的に興味を引かれたのが、ドアなどにあった飾り銅板。植物の葉がモチーフだったそうだが、自然をリスペクトし続けたガウディの建築と少し重ねてしまった。
シンプル・ミニマリズムと進むモダン建築真っ只中に生まれた私にとって、ライトの有機建築は逆に新たなスタイルの建築にさえ感じた。

 

『日暮れどき、一軒の家の前を通ったとき、家の中に明るい灯がついて、 一家の楽しそうな生活が感じられるとしたら、 それが建築家にとっては、もっともうれしいときなのではあるまいか。』 
-吉村順三-

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2006/11/11

[Kobe Photo View] Kobe - City

Kobe_city212

神戸某所。こんな馬、はたして何人が知っているでしょう!?

「街の身体化」なんて言葉も聞いたことがありますが、人間自分の街も実は大してわかっていないもの。

歩けば歩くほどいろんな発見がある。神戸はそんなディープさ満点の町。

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2006/11/03

[Kobe Photo View] Kobe - City

Kobe_city216

神戸の港近くにて。

用もないのに港まで行って、一人ワクワクする私はきっと変人なのでしょう…

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[Kobe Photo View] JAVA

Kobe_city201

この夏撮った地元・神戸コレクションより。
三宮駅近くの高架下。伝説のジャズ喫茶『茶房ジャヴァ』前です。

せっかくなので、少しジャズ話。
神戸は日本有数のジャズ街。北野の『SONE』をはじめ、ジャズ喫茶があっちこっちにあり、ジャズフェス週間なんてのもあったりします。
写真の『ジャヴァ』は、なんとこの地に50年以上建つ老舗中の老舗ジャズ喫茶。戦後の闇市から復興・震災…と神戸の全てを物語る存在です。

ちなみに私が初めてジャズを聴いたのが高校のとき。それまで典型的なハードコアなティーンっ子だった私が『こんなに演奏したらおもしろそうな音楽があったのか』と音楽観を変えたのがWes Montgomeryの"Full House"。Wesは今でも自分の中で偉大なる巨人です。

私の夢は、いつか神戸のジャズ喫茶で演奏すること。そのためにも地道に練習を続けなければ…       

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